A君のレンズ設計物語第16回 単一材質で色収差を補正する

博士 「前回出てきたFraunhoferやGaussでは色収差補正(1次の色消し)がされていたが、レンズ系の色収差を補正するには特性が異なる2つの硝材が必要だったね」

A君第3回で学びましたよ。アッベ数(分散)の異なる材質を組み合わせるんでしょ。レンズ設計の常識ですよ」

博士 「ところがじゃ!一種類の材質で色収差(軸上色収差と倍率色収差)の補正が可能な光学系がある!」

A君 「それも知ってますよ。昨年のCODE V特別セミナーで話のあったあれでしょ。なんでしたっけ、名前・・・あぁ、Schupmann光学系でしたっけ?」

博士 「確かにそれも一つの方法じゃ。CODE Vの機能に関する話ではなく、色収差の考え方に関する説明があって興味深かったね。折角なので復習しておこうか。
資料中のy1やy2は物体近軸光線の高さじゃが、『レンズ設計法』ではh1やh2として記述されているので、以降の説明では、hを使っていこう。資料中では、2つのエレメントでの色収差(軸上色収差)補正の条件式として、

が使われている。では、L=0となる条件を考えてみようか。
まず、"薄肉密着"の場合には、h1とh2が等しくなるため、

という式が得られる。これが薄肉2枚で色消しをするときの関係式じゃ」

A君 「その場合は、夫々の材質のアッベ数の差が大きくなるような組み合わせにすると、個々の単レンズのパワーを小さく抑えられるんでしたね」

博士 「うむ。一方、分離型で両エレメントの材質が同一と考えてみた場合には、ν1=ν2が共通になるため、

というように、slide14の式が得られる。
これらの式から明らかなように、色収差を補正するためには、φ1とφ2は異符号である必要がある。これは密着タイプでも分離タイプでも同様じゃ。分離タイプのSchupmann光学系での色消し条件(上式)を満たすパワー配置としては、次の三つのパターンがある。

(a)はセミナーで紹介されていたタイプで、(b)と(c)は他のパターンだが、どのタイプにおいても虚像が形成される」

A君 「虚像ですか・・・凹レンズが作る像ですよね」

博士 「セミナー資料では、“全ての解は負のパワーを持つ、と誤って述べられることがあります”と書かれていたね。これは”虚像が形成される”ことと”パワーが負になる”ことは等価ではないことを言っているのじゃ。実は、どれか一つは正のパワーを持っているが、どれだろうね?」

A君 「うーん・・・どれも発散光が出ていますよ・・・分かりません」




博士 「ちょっと脱線するぞ。以下の光学系のパワーは正かな?負かな?」

A君 「左図は、凸レンズからの収束光が像面に結像していますから正ですし、右図は、凹レンズから発散光が出ていますので負ですよね。馬鹿にしないでください」

博士 「では、以下は?」

A君 「2次結像系という奴ですね。像空間で結像しているので、正パワーなのでは?」

博士 「レンズの焦点距離(の符号)は、主点から焦点までで考えることを意識せねばならん。第9回で触れたように、収差が大きくない場合には、おおまかな位置は光路図からの作図で求めても良い。像空間の光線を延長していくと、物体空間の光線の延長線と何処かで交わる位置が像側主点じゃ」

A君 「像空間の光線を左側に延長して、物体側光線の延長と交わるところ・・・ここですよね。

やっぱり、fは正になりますよ」

博士 「うむ、典型的な間違え方じゃ。像側主点の位置はそこではない。物体空間で上側を通ってくる光線は、像側では下側と通るため、交点を求めるためには、右側へ延長するのじゃ」

A君 「ははぁ、なるほど、同じ光線で考えなければいけないのですね。とすると、像側主点から像側焦点までの距離は負ですので、この光学系のパワーは負ということですか」

博士 「いかにも」

A君 「それを踏まえると、(a),(b),(c)のうち、(a)だけは、f>0なんですね」

博士 「Schupmann光学系の話に戻るが、件の資料ではわざと色収差の大きな素子(回折)を使って説明しているので、中間結像位置にレンズモジュールを入れないと使い物にならないような印象もあったが、通常の屈折レンズ(SBSL7)で構成してみると、軸上色収差(焦点位置の波長依存性)は以下のようになる。焦点距離100mmでの比較じゃ」

A君 「名前がつけられているだけあって、Schupmann光学系の色収差は小さいですね。第3回で出てきたアクロマートよりも良好ですし、異常分散硝材を使った色消しレンズと比べても遜色ないです。これなら、望遠鏡の対物レンズに使われるのも納得です。・・・ところで、異常分散硝材って何ですか?高価だということは聞いたことがありますけど」

博士 「1次の色消しを行なって2波長での焦点位置を揃えたとしても、他の波長では、ずれてしまう。上図の青線で顕著に見られるが、これを2次スペクトルと呼ぶ。2次スペクトルを抑えるには、硝材の部分分散比を考える必要がある」

A君 「ぶぶんぶんさんひ?どういう理屈ですか?」

博士 「一般的なアッベ数は以下の式で計算される。

このアッベ数を使用して色消しの式を解くと、CとFの焦点位置が揃うという仕組みになっている。であれば、2次スペクトル低減のためにFとgの色消しを考える場合には、同様に、

のような"アッベ数"を使って色消しの式を解けば良いわけじゃ。両方の式を満足するには、二つの硝材の、

が等しくなるべき、という結論に至るが、この式が部部分散比θg,Fと呼ばれている量じゃ」

A君 「近軸の式って、難しくはないんですけど、解くときにどう組み合わせれば良いのか悩むときがありますよね。精進します」

博士 「結局のところ、2次スペクトルの大きさは、二つの硝材の部分分散比の差に比例する(より正確には、アッベ数−部分分散比のグラフで二つの硝材を結んだ直線の傾きに比例するらしいが)。 レンズ用途には様々な硝材があるね。アッベ数νに対して屈折率をプロットしてみると以下のようになり、まんべんなく分布しているように見えるね」

A君 「収差補正のためには、様々な特性の硝材が必要なんですよね」

博士 「ところが、νと部分分散比θg,Fの関係を見てみると(下図)、

殆どの硝材は直線状(緑の線の周り)に分布している。密着2枚で色消しのときに凸凹のパワーを弱くなるように、νの差が大きくなるような組み合わせにすると二つの硝材のθg,Fが異なってしまう。そのため、通常の硝材では、(1次の)色消しと2次スペクトルの補正を両立することが困難なのじゃ」

A君 「なるほど。そこで、異常分散硝材の出番ですね」

博士 「左端の方(νの大きい側)に、直線的な特性から外れた材質があるね。これらが異常分散性を持つ硝材じゃ。たとえば、ν=90辺りの材質とν=60付近の硝材を組み合わせると、θg,Fが近いため傾きが非常に小さくなるのがわかるじゃろ。2次スペクトルを小さくするためには、こういった異常分散硝材の効果が高いのじゃ。先ほどの図の赤線が、C,Fに加えてg線に対しても補正されて、3次曲線のようになっているのが分かると思う」

A君 「なるほどね。異常分散っていうのは、正常(一般的な)分散とは違う特性ということなんですね」

博士 「これに対して、Schupmannの色収差補正原理では、二つの材質のθg,Fが全く同一なため、条件式の上では2次スペクトルが0になるという話だったね。ただ、近軸光線が波長に拠らないという前提のため、完全には0にならないが、いずれにしろ2次スペクトルをかなり小さくできるのじゃな」

A君 「高価な異常分散硝材を使わずに、安価な硝材でも2次スペクトルの補正ができるってとこが凄いですね」

博士 「Schupmannの場合、軸上色収差は2次スペクトルまで含めて非常に良く補正されているが、倍率色収差が大きくなっている」

A君 「軸上色が補正されたら、自動的に倍率色も補正されるのではないんですね」

博士 「軸上色収差の補正の仕方が関係しているのじゃ。薄肉での色消しは、2波長で焦点距離を同一にすることで焦点位置を揃えているが、Schupmannのようの色消しは、焦点距離と像側主点位置が共に変化して、それらをキャンセルさせることで、焦点位置を揃えるようになっている。下の図は、二つの光学系の比較じゃ。縦軸のスケールはだいぶ違うが、夫々の曲線の様子が違うことに注意するように。

一般には“波長ごとの焦点位置を揃えると同時に焦点距離も揃えることが、倍率色収差補正のために必要”と言われている。実は、別の補正方法もあるように思うのじゃが、それは別の機会に見てみよう。
とにかく、倍率色収差の補正が困難なため画角を広くとることができない。ということで、もう一つ、単一材質での色消しが可能な光学系を紹介しよう」

A君 「はは〜ん!回折を使うんでしょ?所謂負のアッベ数という奴ですね」

博士 「いや、反射を使うのじゃ」

A君 「反射面だったら色収差が出ないのは当たり前でしょ。ずるいっす」

博士 「反射面だけではなく、屈折面もある。しかも平面ではなくパワーを持っている。これじゃ。入射屈折面〜反射面〜射出屈折面までが一つの材質で構成されている」

A君 「へぇ〜。確かに、入射面と射出面で屈折していますね。ん?でも、中心画角の光線を見ると、入射側は平面で射出側も像点に対してコンセントリックになっているから、どっちの面でも垂直に当たっていますね。軸上色収差が出ないのは当然のように思えますけど」

博士 「ところがじゃ、軸上色収差だけでなく、倍率色収差も補正されてしまう!」

A君 「え?入射面と出射面では屈折角度も違ってますよ。どうやってキャンセルされるんですかね?」

博士 「この光学系の色収差補正の原理は、特開平10-221604で説明されている。途中の式変形では、前に学んだ”Helmholtz-Lagrangeの不変量”を使ったりしているようじゃが、此処では詳しく解説しないので、特許を良く読むように」

A君 「式がたくさん出てきててムツカシイです・・・」

博士 「ポイントは、二つの屈折面の曲率を、色収差を補正する(或いは発生させない)ように決めて、その屈折面のあいだにパワーを有した反射面を配置した構成としたことじゃ。先ほど見たSchupmannでは虚像しか形成できなかったが、こちらは、間に在る反射面のパワーにより実像を形成できるようにしている。さっきA君は“入射出面で軸上色収差が出ないのが当然”といったが、そのような構成(屈折面は平面と凹面)を採りつつ、反射面を利用して結像系を実現しているところが味噌じゃな」

A君 「でも、特許の実施例を見ると、”入射面と射出面が物点・像点に対してコンセントリックになる”が必須というわけではないみたいですね」

博士 「うむ。因みに、射出面を平面にして色収差を補正することもできる。以下じゃ」

A君 「こっちのタイプは、入射面と射出面の形状は、主光線に対して垂直、つまり、瞳に対してコンセントリックになっているみたいですね。その辺りがポイントなんですかね」

博士 「物点・像点や入射瞳・射出瞳など特定の位置に対してコンセントリックになることも必須ではない。(反射面のパワー配置も同時に最適化すれば) 軸上色収差と倍率色収差を補正する解は連続的に存在しているようじゃ。ここで、二つの色収差の扱いについて触れておこうか。どちらも色収差という名前が付けられているが、実収差との対応の式(下記)を見れば、軸上色収差の方は近軸量、倍率色収差は1次の収差と考えることもできる。

軸上色収差は材質の選択により決まってしまうため、非球面を使っても補正できない。一方、倍率色収差は面形状や絞りの位置による補正も可能じゃ。1種類の硝材で倍率色収差を補正する光学系もある。たとえば対称型じゃな。
さて、上記の光学系が、
Schupmannと違うところは、色収差に関係する2要素(2つの面)が、片側がノンパワーの場合やいずれも負のパワーの場合でも補正が可能というところじゃな」

A君 「面白い光学系ですね。2波長で色消しをしたときの2次スペクトルはどうなんですか?」

博士 「Schupmannを思い返してみるのじゃ。同一材質で1次の色消しが出来た場合、2次スペクトルも自動的に補正されるはずじゃったな。しかも完璧に。
この光学系も、一般的な色消し(2波長で焦点位置を揃えて2次スペクトルは異常分散性で補正)ではなく、Schupmannと同様に二つの屈折面の硝材が同一なので部分分散比も等しくなり、2次スペクトルの究極的な補正が可能じゃ。もはや色収差は無いと言ってもいいレベルじゃ」

A君 「面白いから、ちょっと最適化してみましたよ。オフアキシャル系なのに、歪曲収差は回転対称的ですし、MTFも回折限界に近いところにまで到達してますよ。凄い性能じゃないですか」

博士 「世の中甘くないんじゃぞ。良いこと尽くめで終わるわけがない。設計性能は非常に高いが、反射面が多数、しかも非対称非球面が使われているため、製造誤差に対する敏感度はかなり高くなるという弱点がある。反射面一つが1分傾くだけで、MTFが半分にまで低下したりもする」

A君 「そうなんですね。でも、色収差補正のためには特性の異なる材質が必須だと思っていましたけど、逆に一種類の材質で2次スペクトルが小さくできるというのは、まったく予想外でした」

博士 「課題に対する解決法として常識と思われていることでも、ちょっと条件を変えてやると、また違った方法もあるという見本じゃな」

A君 「そういわれると、第2回の終わりで僕が挑戦していた”二つのレンズともSBSL7で色収差を補正する”というのは、なかなか良い着眼点だったんじゃないですかね?」

博士 「あのときは、薄肉(密着)での色消しを想定していたから、不可能じゃったな。
ところで今更じゃが・・・色々と調べてみると、Schupmann光学系は、同一材質の二つの屈折レンズを組み合わせるのではなく、反射と屈折を組み合わせた光学系のようじゃな。その反射も、表面鏡ではなく裏面鏡つまり所謂Mangin鏡が使われていて、これが屈折レンズと同じ材質になっている。また、中間に凹面反射面や凸面のプリズムを設けて、第1要素と第2要素とが共役関係にあるような構成とすることで、色収差がさらに一桁以上小さくなるようじゃ。

A君 「ここまでくると、異常分散での色消しレンズの性能が悪いようにすら見えますね」

博士 「これらを踏まえると、屈折と反射を上手く組み合わせると、色収差の2次スペクトルを激減させることができるようじゃな。なお、屈折面と反射面を組み合わせた場合、色収差に限らず収差補正に効果的なことがある。例えば、ペッツバール和Pじゃ。Pは、(薄肉)単レンズに対しては、φ/Nで計算できるが、面に対して考えてみると、

となる。この式は、屈折面が凸面の場合は常に正、屈折面が凹面の場合は常に負となる。通常の結像系の場合は全体として正のパワーを有するため、Pは正の値になりがちで、レンズ枚数が少ないときはその補正が困難じゃ。一方、正のパワーを有する反射面は凹面だね。その場合、その面のPは負になるのじゃ」

A君 「ということは、正パワーの屈折面と正パワーの反射面を組み合わせると、ペッツバール和の補正ができるということですか」

博士 「左様。たとえば、像面直前に (フィールド)レンズを置く状況を考えてみる。主結像系が屈折レンズの場合、ペッツバール補正のためにはフィールドレンズは凹レンズが望ましい。されど、像面への入射角を垂直に近く(テレセントリック性)にしようとすると、凸レンズが望ましい。相反する要求じゃ。主結像系が反射面で構成されている場合、全体のペッツバール和は負になりがちじゃ。そこで、凸レンズを像面近傍におくと、テレセントリック性とペッツバール補正の両方に効果がある、という具合じゃな」

A君 「屈折と反射を上手く組み合わせると、まだまだ色々な光学系ができるような気もしますね」

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